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徳川家康公床机据え跡
史跡/記念物
指定の種類
市指定文化財
指定年月日
昭和49年10月30日
所在地
焼津市宗高
解説
床机据え跡は、徳川家康が当地へ鷹狩りに来た際に、床机(折りたたみ式のイス)を据え、小休止した旧代官屋敷跡である。
中世、宗高の地は、池谷清右衛門という土豪が治めていた。清右衛門は天正年間より家康に仕え、慶長6年(1601)には宗高村周辺(旧大井川町一帯)の代官に任じられた。
池谷家の由緒によれば、家康は慶長6年と同11年(1606)当地へ鷹狩りに訪れた際、清右衛門の代官屋敷に立ち寄り、庭に床机を据え、食事を取ったりした。
家康の死後、清右衛門は幕府の勘定奉行に伺いを立て、将軍徳川秀忠の許可を得て、家康が小休止を取った場所に霊廟を建てた。そして、幕府より授けられた家康の肖像を御神体として、家康の使用したとされる茶道具類とともに納めて祀った。この霊廟は、宗高権現と呼ばれる。
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ページ更新日:2021年9月3日