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ホーム > 市の紹介 > 焼津市のすがた

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更新日:2011年6月6日

焼津市のすがた

 東京と名古屋のほぼ中間に位置

焼津市は、東京から西へ約193キロメートル、名古屋から東へ約173キロメートル、京浜・中京のほぼ中間に位置します。その玄関口としてJR東海道本線に「焼津」と「西焼津」の2駅、東名高速道路焼津ICがあります。

静岡県の中央部で、北は遠く富士山を臨み、高草山(501メートル)、花沢山(449メートル)などの丘陵部を境に県都静岡市に接し、東に駿河湾を臨み、西南は一望に広がる大井川流域の志太平野で、西に藤枝市、大井川を挟んで吉田町と島田市に接しています。


年間平均気温16.5度、冬季の降雪もまれな温暖な気候で、面積は70.62平方キロメートル、北部山間部を除き平坦な区域に、約5万4000世帯、約14万7千人の市民が生活しています。

焼津市の航空写真


其地をば今に焼津とぞ謂う(古事記)

「焼津」の地名は、古事記や日本書紀に登場します。日本武尊(やまとたけるのみこと)が東夷征伐の途中、天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)で草をなぎ倒し火をかけて賊を滅ぼした地名に由来しています。
また、万葉集第三巻の歌から、奈良時代には現在の行政区より広い範囲を指して既に「焼津」と呼ばれ、かなり発達した集落があったことが分かっています。
鎌倉から室町時代にかけて守護支配を受け、安土桃山時代には武田・今川、武田・徳川の合戦の最前線でした。
市内には石脇、方ノ上、花沢など、その時代の城跡が点在しています。  

「大井川」の地名は、日本書紀にみることができます。水を集めて流れる大きな川という意味とともに、偉大なる川、偉大なる流れという意味もあります。
江戸時代初期(1633年)のころには、大井川は現在の川筋に定まり、1684年~1687年には今日の散居集落の原型が形成されました。その後は田沼街道沿いに人家が建ち並び、海岸沿いには漁村が形成され、農漁村の原型が形作られていきました。  

ヤマトタケルの石像の写真
日本武尊の石像

海と共に繁栄

江戸時代に入ると、新田開発も進み、農業も盛んになる一方、河口港を利用した回船業が発達しました。
1889年(明治22年)、町村制施行により近隣12カ村が合併して焼津村となりました。同年、東海道本線が開通し焼津駅が開設されるとそれまでの海路中心の輸送が一変し、農水産物の商圏が拡大され生産地として繁栄するようになりました。
1901年(明治34年)、町に昇格。1908年(明治41年)、石油発動機付きの漁船が出現。操業区域が八丈島までに拡大し飛躍的な漁獲を得たため、これ以降漁船は競って大型船、鋼船へと更新されていきました。
1951年(昭和26年)からは焼津漁港の修築整備が開始され、焼津漁港の拡充、外港建設、現在では第9次漁港整備計画により新港建設へと継続されています。
1951年(昭和26年)3月、市制施行。1954年(昭和29年)、水爆実験の人類初の被災として世界を震撼させた第五福竜丸事件が起き、1955年(昭和30年)には、隣接する町村を合併しほぼ現在の市域となりました。その後、市は財政需要の増大から財政再建準用団体として苦しい時代が続きました。
1965年(昭和40年)マリアナ沖集団遭難など一連の悲しい試練を乗り越え、1981年(昭和56年)には、空前の976億円の水揚げを擁するに至りました。また、遠洋漁業の発達とともに水産加工業も著しく発展。1969年(昭和44年)、東名高速道路の開通がさらに拍車を掛けました。こうして焼津は文字どおり世界の海を股に掛けて活躍する全国屈指の漁業のまちとなりました。


焼津港の様子の写真

活力と自然の恵みに満ちあふれたまちづくり

焼津市は「人がキラリ 海がキラリ まちをキラリ~活力と自然の恵みに満ちたまち 焼津~」を将来都市像として、2011年度から2018年度までを基本構想の計画期間とする第5次総合計画を策定しました。
この計画では、「人と未来に『つなげる』まちづくり」を始めとする4つのまちづくりの基本理念のもと、将来都市像の実現に向けて「災害に強いまちづくり」など5つの重要施策を含む32の施策を定めて、厳しい財政状況の中、事業費や人件費など資源配分を優先すべき施策を明確にして、成果の向上を図りながらまちづくりを進めていきます。

天皇陛下をお迎えして 

市制50周年を迎えた2001年10月28日に、新焼津漁港を会場に『第21回全国豊かな海づくり大会』が盛会に開催されました。この大会は、水産資源の維持培養と海の環境保全に対する認識を深め、水産業の振興に資することを目的に、天皇皇后両陛下をはじめとする多くの来賓をお迎えし、全国から漁業関係者が集う国民的行事として開催されました。
市では、全国に向けて焼津の水産業をPRする絶好の機会として、 また、この大会で活力あるまちづくりの礎石となるように願い、大会会場へのアクセス道路整備等の事業もほぼ予定通り完了し内外のお客様をお迎えすることができました。

産業 水産業 

焼津漁港・セリの様子の写真

焼津市は水産業を基幹産業としています。近年漁業界では減船や漁獲の国際規制、後継者不足などの諸問題に直面 しています。市内には、焼津漁港と大井川漁港があります。また、焼津漁港には、遠洋漁業の焼津港と沖合沿岸漁業の小川港の2つの港があり、両港で年間19万9千トン、441億円(2007年データ)を超える水揚げがあります。中でもカツオは水揚げ日本一となっています。


水産加工業は、焼津漁港の後背地や水産加工団地などで地元や輸入・移入の原魚を使って盛んに行われ、練製品や節類、冷凍食品など約7万トンの生産があり県下一の加工品生産高を誇っています。
特になると巻きの生産は日本一。カツオ節、なまり節、削り節の製造も国内中堅どころの企業が数多く、常に県内トップを維持しています。


農業

農家世帯は兼業を含め約2,000戸、人口は約4,200人(2005年データ)で、米、トマト、茶、菊、ミカン、イチゴなどを収穫し、年間に22億円程度の粗生産があります。

農産物の写真

商工業

7つの商店街を中心に卸・小売商店数1700余り、従業員1万人弱、年間に3千億円以上の販売額があります。
水産加工を含めた工業は、約830の事業所があり、従業員は約11,800人(2004年データ)。製造品出荷額などは年間約3,277億円(2004年データ)に上ります。

自然界からの特産品

黒はんぺんの写真
特産の黒はんぺん

焼津の名産品は何と言っても水産物。冷凍品のマグロやカツオをはじめ、近海生鮮もののサバやアジなど50種類以上のさかなやそれらを加工した缶詰、佃煮、カツオ節、塩サバ、黒はんぺん、かまぼこなどの練り製品などが生産されています。
農産物では、品質のいいトマトやメロン、ナシなどがあります。

 


観光客は全国から

焼津市を訪れる観光客は年間322.8万人余(2005年データ)。お迎えするのは安くておいしい「さかな」。東名高速道路焼津インターチェンジ脇の焼津さかなセンターには、遠くは東北や関西方面などから年間約160万人が訪れ、お目当てのさかなや加工品を買い求めていきます。
 

さかなセンターの賑わいの写真
焼津さかなセンター

年間38.2万人(2005年データ)にのぼる焼津の宿泊客に人気の高いのが市内8施設に引かれた日量約510トン、源泉温度約50度の弱アルカリ性の温泉。海のまちらしい「黒潮温泉」のネーミングで健康や美容に大変良いと親しまれています。

 

やいづのまつり

海上花火大会の写真
夏の風物詩・海上花火大会

3月には、およそ千年前の平安時代から伝わり、農民が大井川の治水を祈願し奉納したと言われるお祭り「藤守の田遊び」(国の重要無形民俗文化財に指定)が大井八幡宮で行われます。

初ガツオの声が聞かれる4月、焼津魚市場前の広場をメーン会場として「焼津みなとまつり」が開催されます。その年のマリンレディーの発表やカツオが当たる抽選会、水産物の大安売りなど市内外から大勢の人が春の港に集まります。

焼津最大のまつりは盛夏に行われる荒まつりです。御祭神「日本武尊」を奉ずる焼津神社の大祭で8月1日の御注連下し祭で静かに幕を開け、13日の神輿渡御で最高潮を迎えます。

最大の呼び物は男輿女輿の2基の神輿。何千人もの白装束の若者が「アンエットン」の掛け声も勇ましく深夜まで市街を練り歩く様はまさに東海一の豪快さです。

また、同月14日、駿河湾を背景に二尺玉やスターマインが焼津港の水面を豪華に彩る海上花火大会が開かれ、県内外のファンが押し掛けます。

このほか、日本三大虚空蔵尊のひとつ香集寺参道の2月のダルマ市や11月の西宮神社の恵比須講まつりが有名です。

海がつなげた姉妹都市

焼津港所属のマグロ漁船がオーストラ リア沖で操業する際に燃料や食料補給のための寄港地としていたことが縁でホバート市と1977年(昭和52年)に姉妹都市縁組の調印をしました。
ホバート市はタスマニア州の州都で、人口は約19万人。オーストラリアではシドニーの次に古く、19世紀の雰囲気と自然美あふれる景観を持つまちです。バレエ団、合唱団、中高校生が訪問し、タルーナ高校生や州政府一行が来訪するなど幅広い交流があります。

ホバート市の写真
ホバート市

古を知り未来に伝えるー文化 

焼津市内には縄文時代からの遺跡が多く残されています。特に高草山には6~8世紀に作られた当時の有力者の墓(古墳)がたくさんあります。その中の兎沢古墳群では、国内では珍しい猪の線刻画が石室にありました。市内の各遺跡から出土した石器や土器、木製農具、装飾品などは歴史民俗資料館に展示・保存されています。
また、市内には仁王門(香集寺・法華寺)や山門(永豊寺)、本殿(大井神社)、鐘楼(林叟院)などの建造物のほか、絵画や彫刻などの文化財や松(旭伝院)などの天然記念物を含めた有形の文化財が、国指定1件、県指定6件、市指定32件あります。一方、無形文化財では、国の記録作成などの措置を講ずべきものとして選択された焼津神社の獅子木遣りと神ころがしをはじめ、県指定2件、市指定1件があります。
市内では、古の合戦場らしく弓矢関係の矢師や弓懸師、刀剣関係の白鞘師、研師、柄巻師などの古武器職人が現在も活躍中で、後世に貴重な業を伝えています。

明治時代の文豪ラフカディオハーン=小泉八雲は晩年を含む6年間、焼津で夏を過ごし、「焼津にて」「漂流」など当地にまつわる作品を残しています。

滞在した乙吉の家(明治村に移設)のあった浜通りは、現在「八雲通り」の愛称で呼ばれ、市内には小泉八雲ゆかりの地も多く点在しています。

小泉八雲の記念碑の写真
小泉八雲記念碑

 

宇宙時代を迎える子どもたちに 

ディスカバリーパーク焼津の外観の写真
ディスカバリーパーク焼津

「宇宙・海・自然」をテーマとし口径80cmの大型天体望遠鏡や最新式のプラネタリウムを備えた天文科学館「ときめき遊星館」と、一年中温水プールが楽しめる「水夢館」の複合施設であるディスカバリーパーク焼津は市内南部の風光明美な海岸線の緑の中にあり、連日多数の利用者が新しい発見や感動に出会い、県内外の関係者からも大変素晴らしい施設と絶賛されています。 

スポーツ都市宣言

焼津市は1978年(昭和53年)、スポーツ都市宣言をしました。この一環として岐阜県土岐市とスポーツ姉妹都市の締結をして以来、毎年5~6種目の競技で両市の市民が訪問し合ってスポーツ交流を深めています。
市民の間では特定のクラブスポーツや高齢者のゲートボール、グラウンドゴルフ、自治会単位で行われる運動会や各種目により競われる地域対抗スポーツ祭などスポーツが大いに盛んです。
また、スポーツ少年団活動や海のまちならではの浜当目海水浴場でのヨットスクール、中学生が参加するボートレース大会も根づいています。
毎年、新春恒例の駅伝大会には市民らとともに近隣市町・岐阜県土岐市のチームも参加。4月上旬の「焼津みなとマラソン」には市民ランナーも含め全国から1万人近い人が参加し、大学対抗ペアマラソンでは実力のある大学チーム30校以上が健脚を競います。


市章

焼津市の市章

広く市民から公募し、1952年(昭和27年)11月に制定しました。カタカナの「ヤイヅ」 を図案化したもので、市民の協力と伸びゆく市勢を象徴しています。

市の木松(1971年11月制定)

市の木松(昭和46年11月制定)

マツ科の針葉樹、常緑高木。正月の門松などの風習に見られるように、長寿や繁栄を象徴する木として親しまれ、市の木にふさわしい風格を持ちあわせています。市内では、海岸線を中心にクロマツが多く見られ、防風・防潮の役割を果たしています。

市の花さつき(1966年11月制定)

市の花さつき(昭和41年11月制定)

ツツジ科の常緑低木。5月~7月ころ、紅紫色の「ろうと型」の愛らしい花が咲きます。焼津の気候によく合い、街の景観を美しく彩ってくれます。

市の鳥ユリカモメ(1976年5月制定)

市の鳥ユリカモメ(昭和51年5月制定)

チドリ目カモメ科の海鳥。10月頃、日本に飛来し、4月頃ユーラシアへと帰る渡り鳥。全長約40センチ、白い体に翼の上面は青灰色、くちばしと脚が赤い美しい鳥です。たくさんの野鳥が生息できる豊かな郷土をという願いのもと、水産都市にふさわしい鳥が選ばれました。

 

焼津市民憲章(2008年12月制定)

私たちは、秀麗な富士と駿河湾をのぞみ、豊かな志太平野の自然の中で育った焼津市民であることに誇りをもち、先人によって築かれてきた貴重な歴史をふりかえりつつ、希望に満ちた、魅力あるまちを創るために、この憲章を定めます。

一.豊かな自然を愛し、平和で住みよいまちをつくります。

一.地域の資源を活かし、潤いと活力のあるまちをつくります。

一.子どもたちが健やかに育つ、明るいまちをつくります。

一.スポーツと文化に親しみ、心やすらぐまちをつくります。

一.互いに支え合い、安心・安全なまちをつくります。

お問い合わせ

所属課室:焼津市総務部広報広聴課

住所:郵便番号425-8502 静岡県焼津市本町2-16-32

電話番号:054-626-2145

ファクス番号:054-626-2186

Email:koho@city.yaizu.lg.jp

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