• 子育て
  • 観光
  • 防災

ホーム > 教育・文化 > 民俗・工芸 > 昔話 > 信香院の十一面観音

ここから本文です。

更新日:2017年3月18日

信香院の十一面観音

小川の会下ノ島に、信香院というお寺があります。このお寺がいつごろできたのかはっきりわかりませんが、明応七(1498)年の津波で海に沈んでしまった林叟院という大きなお寺の一部が、そのもとになったのではないかといわれています。

信香院を開いたのは、通山放釈(つうざんほうしゃく)というお坊さんで、お寺をつくらせたのは、小川城の長谷川正長というお殿さまでした。その後、このお殿さまは三方原で戦死してしまったのですが、今もこのお寺にそのお墓が残っています。
またこのお寺はむかし修行道場で、たくさんのお坊さんたちが集まったところでした。

さて、このお寺のご本尊は十一面観音さまで、永禄十一(1568)年秋の武田軍の兵火や、その後の津波や大地震など数多くの災害にあいながらも難を逃れ、今も本堂にまつられています。

実はこの十一面観音さま、本面を合わせても十面しかないのです。おや、と思うかもしれませんね。

そうなんです。ふつう十一面観音というのは、頭の上に十面か十一面の顔をもっていて、頭かたちのそれぞれちがう面は、信仰する人たちをたすける方法を表しているということです。

ですから、この十一面観音さまは、十面しかないので、人々から長い間不思議に思われていました。

ところが、大正十二(1923)年に、この観音さまのこわれたところを修理することになり、静岡の仏師(仏像を作る職人)に修理をたのんだところ、観音さまのおなかの中に、もう一体の仏像があることがわかったのです。

この十一面観音さまは、このおなかの中の仏像を合わせて、十一面観音だったのです。

仏像のおなかの中に入っているもう一つの仏像のことを、胎内仏(たいないぶつ)といい、仏像のせなかの部分をほってその中におさめられています。どんなとき胎内仏が作られるかというと、亡くなった人のめいふくを祈って仏像を造るとき、亡くなった人が生きているときいつも祈っていた小さな仏像を、その中におさめるという場合などです。

お問い合わせ

所属課室:焼津市教育委員会生涯学習部文化財課歴史民俗資料館

住所:郵便番号425-0071 静岡県焼津市三ケ名1550(焼津市文化センター内)

電話番号:054-629-6847

ファクス番号:054-629-6848

Email:rekimin@city.yaizu.lg.jp

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?